ことのはのぉと

いつかあなたの隠れ宿

扉のさきにあるはなし(後編)

昔から、演じることが好きだ。

 

 

自分でない自分を、皆から愛される自分を

周囲から笑って受け入れられる自分を

可愛らしく、愛嬌があって、良い子で、愛される。

多かれ少なかれみんながやっていることだろう。

先生の前と友達の前でまったく同じ顔を見せる人間の方が少ない、と、思う。

 

そうして幾重にも巡らせた仮面の内側に、傷つきやすい自分を大事に大事に隠してきた

 

それが「生きる」術だと信じて。

 

まあ、それはそれとして

 

 

私は、「演劇」自体も好きなのだ

 

 

舞台の上できらめく物語、輝く人たちが魅せるひとときの、夢

 

舞台の下で膝を抱えて、驚きに目を丸くしていたあの日の少女は、一瞬で魅了され夢を作り上げる側に憧れて、憧れて憧れて…………

 

今もなお、憧れたまま舞台の下を歩き続けている。

 

 

 

【前回のあらすじ】 方向音痴、スタート地点から間違える。

 

 

 

時間は12時20分過ぎ

公演までまだ間があるとはいえ、あまり遅くなるのは好ましくない。

土地勘もない駅の改札前、どうしよう、どうする?

 

 

考えるまでもなく私は地図アプリに頼った。

ありがとうGoog○e、ありがとう経路案内機能。方向音痴の強い味方は手の中にある。時々、いや度々裏切られ迷うこともあるが今回は駅から徒歩数分の場所、迷いようがない、はずだ。

(地図アプリを見ながら堂々と真逆に歩き出しかけはしたが)

 

 そうだ、差し入れも買っていこう。近くにお菓子屋さんくらいあるはずだ。

 

公演開始まで30分もあるんだから大丈夫、なんだかんだと成人を果たし早数年、その程度の気遣いはあるべきだろう

 

もう一度言おう、私に荻窪駅周辺の土地勘はない

 

 

慣れない都会の路地裏に翻弄されまくった私は、結果的に公演開始時間の10分前という大迷惑にもほどがある時間帯に到着を果たした。

当然、差し入れを買う余裕なんてあるはずもない。

 

 

公演会場は何かの箱でもなんでもなく、飲食店の合間に立つ小さなビルの二階だった。恐らくは、雑居ビルと呼ばれるような類の建物。

すれ違うのが難しそうな細い階段を上り、木製の扉に掛かる、『公演中』の札。

おそるおそる扉を開けたとき、まず目に飛び込んだのは「黒」だった。

 

 

たぶん演出の関係なのだろう

外光なんて隙間たりとも許さないような、ぴたりとした黒。

私が開けた扉からの灯りで、かろうじて入口近くは明るさがあるものの、奥に目をやればもう、何かしらがおこなわれている舞台と、薄暗い観客席。

 

 

何かを焚いているのか、どこか妖しい香り、絞られた照明

迎え入れるためにこちらを覗く、異様に背の高い男性と妖しい服をまとった美人

奥の暗闇で道化師の紅い唇が手招いたような気すら、して

 

 

 

ああ、 ここはサーカスのテントなん、だ

 

 

 

 

 まるで操られてでもいるようにふらりふらりと足を踏み入れた私を呼び戻したのは、出迎えてくれた劇団の人たち総出で引き留められる声だった。

見れば、入り口近くに貼られている『土足御遠慮ください』の紙

 

つまりはそういうことである

 

 

 

 

 現実に引き戻されてみれば、異様に背の高い男性はただちょっと平均より高身長なだけの穏やかそうな人だったし、妖しい服をまとった美人は友人Tだった。数分は気づかなかったのでものすごく笑われたし、ものすごく喜んでもらえた。差し入れ、持っていきたかったな……

 

 

 

 舞台の大きさは学校の教室と同じか、もしかしたら半分くらい。入ったときには既に男性2人が漫才のような緩い掛け合いをしているところだった。

 

「各劇団員、8分の持ち時間を使って色々なことをします。それはもうね、色々なことを。モノローグから朗読劇からコントから怪談話まで。我々は合間にふらーっと現れて、前の話の余韻をぶちこわ……クラッシャーして次の話に備えていただき、準備の合間の時間稼ぎをやらせていただきまーす」

「よろしくおねがいしまーす」

 

壊すのか。

 

「時間稼ぎに君の面白い話なんかしてよ」

「ええー、急ですね。そうだな……僕がアルバイトしている漫画喫茶にいつも来る血まみれのお客さんの話なんですけど―――」

「ちょっと待ってそれは話していいの?!」

「店員の間でついたあだ名がロロノア・ゾ………」

「はい! これ以上はやめよう今すぐやめよう」

 

なんだなんだ???????

 

 

 彼らが名乗るに余韻クラッシャー。片方は漫画喫茶でアルバイトをしている男性で、もう片方はなんと団長だという。緩い掛け合いが面白く、笑っているうちに気がついたら公演が始まっていた。

 

 

 

 そこからはもう、夢でも見ているようだった。

 

 

 

 

最初に現れたのは、きりりとした格好のご婦人。暗闇から浮かんできた彼女の演目は、朗読劇。運命の少女に浮足立つ少年の、一夜限りの逢瀬を語る彼女は、ただ座っているだけなのに声で観客を夜の甘く冷えた空気の中へ連れていくようだった。

 

次に現れたのは、スーツ姿の男性、と、誰も座っていない椅子がいくつか。演目はモノローグ。モノローグってなんだ。

 観客の些細な疑問などお構いなしに、男性はひとりで会議を始めた。女性蔑視を許さないフェミニストを気取りながら言葉の端々に弱者への嘲りをにじませる、まとわりついてくるような偽の正義感。いないはずの上司の苦笑いまで見えてくるような、確かな不快感と強烈な既視感。小さな公演会場が、会議室になり替わった瞬間だった。

(なるほど、モノローグってつまり一人芝居のことか)

 

三番目が友人Tの創作怪談だった。

 

最初に現れたご婦人同様、椅子に座った姿が暗闇から浮かび上がる。落ち着いた語り口で滑り出す話は、練習と称して通話で聞いた内容と同じだ。同じ、なのだけれど。

 語り手のTの友人である大学生が遭遇した、とある怪奇現象。最初は友人同士の悪趣味ないたずらだったはずが、本当にこの世ならざるものを呼び寄せてしまう―――

 演目のタイトルは「ドドモダダ」、一見意味を成さない言葉でも、もしかしたら、知らないだけで意味があるのかもしれないと友人Tは語る。

 

 たとえば、 呼んではいけない“なにか”の呼び名であったり、だとか

 

 

……ものすごく怖かったのは言うまでもない

 

 

 余談だが、劇団では各劇団員の演目内容を客観的に見て復習するために全員分を録画しているらしい。ただ、友人Tの録画画像だけ音も画像も乱れに乱れて復習どころの話ではなかったそうだ。ガチな奴やんけ

 

 

 

その後も、緊張しがちな営業が頑張って取引先の趣味に合わせようとした結果のすれ違いコントやら、学校内で没収したバレンタインチョコレートにほとんどまともなものが入っていないうえにオチがとんでもなかったコントやら、上司に対する強気な派遣社員の語り口に引き込まれるモノローグ。そうして太宰治の「灯籠」から抜粋された、世界観の作りこまれた朗読劇。

 

 高等学校に通う良家の男子のため、たった一度盗みを働いてしまった哀れで愚かなかわいい乙女。家族で平凡に暮らせればそれでいいのにと、悲しみに暮れる少女の行く末をかたずをのんで見守っているうち、全6名、48分の公演は終了していた。

 

 

8分は長い

8分間人の集中を保たせるのは並大抵のことではないというのに

 

合間に現れた余韻クラッシャーのお二人によって切り替えが上手くいっていたとはいえ、最後まで飽きることがないのは純粋に、すごい

当たり前のことだが、人を魅了する術を、引き込む術を知っている人たちなのだ。

心地よい疲労感に包まれて拍手をおくる。来てよかったと、心から思った。

 

 

 

 そうして、始まった第二部。そう、朗読劇バトル。

 

「劇団員の朗読劇バトルに、お客さんの中からも2人ほど!参戦していただく予定です!」

 

 

 全員でやるんじゃないんかい!!!!!!!!!!!

 

 

 

大変身勝手な思い込みを置き去りに、朗読劇バトルは進む。

 

 ルールは簡単。事前に配られていたパンフと一緒に入っている一篇の詩を、舞台上で朗読することと、以下四つ。

 

  • 文章の前後に言葉を付け足してもOK
  • 人称と語尾以外の改変はNG
  • 1人の持ち時間は1分。1分経ったらベルが鳴って強制終了。
  • 勝ち抜いた場合は、別の表現で読むこと。

 

勝ち抜き戦なのかとか、別の表現ってなんだとか、ぐるぐる脳内で考えているうちにも時間は進んでいく。観客から参加できるのは2人。対して観客の数は少なく見積もっても10人程度。

 

わたしが、出ていいのか……?

 

 迷っているうちに一人の男性が名乗りをあげた。残り1人。やらない後悔よりやらかして公開(誤字じゃないよ)だとばかりに名乗りをあげた私に待ち受けていたのは

 

 初戦で友人Tとバトルをするという未来だった

 

なんで????????????????

 

 

 

わざとかと思ったらどうもそうではないらしい

 

「へえ、Tさんの友達! そしたらぜひバトルで負かして勝ち上がってほしいね、ドラマチックだからね!」

 

 

なんだこの愉快すぎる団長は

 

 

 

1分間のゴングは劇団員が持ち込んだというボクシングの試合でも使われるという本物のゴングだった。

愉快な劇団員が多すぎでは

 

試しに鳴らされた良い音を合図に、まずは出演者の朗読。

 

そうはいっても朗読劇である。そんなに個性の違いなんて出せるものなのだろうか

……なんて、思ったのもつかの間。

 

 詩の内容が書かれた紙は舞台の端に、現れた団員は小芝居をしながら詩の内容を朗読しながら、アドリブの芝居を差し挟んでいく。

たった60秒の中で作り上げられる世界観と、詩の内容が共鳴していって。

……ただし、60秒内に綺麗に収める人は少なかった。むべなるかな

 つまり朗読を差し挟んだ一人芝居をしていいわけだ

 

 

なにこれめっちゃ楽しそう

 

 

 

 

 私が興奮したのは言うまでもない。

 

 

 結論から言うと、準優勝までこぎつけることはできた。

 

 

 

直視したら目がつぶれそうな強い光に照らされた舞台は、観客側から見たよりも広く思える

反対に観客側は暗く抑えられ、手前のお客さんほど逆光で顔があまり見えない

その代わりのように、奥に座るお客さんの顔はよく見える。

 

たぶん客観視したら、とてもとても小さな世界の中で、即興で作るものがたり。

すごく、すごく楽しかった。

 

 

 団長さんから「経験者?」と聞かれたときが、あさましいがその日一番興奮したかもしれない

 

 

 ……なんて、強がってみせはしたが

 

 

勝ち抜けば勝ち抜くほど同じ表現を使ってはいけないとされ、最初の小芝居は使えない

もっとこうすればよかった、ああすればよかったの気持ちは終わったあとに泡のように湧いてくるもので

やっぱり私は、どうあがいても天才ではないのだから

 

 なによりの後悔は、せっかく友人Tとバトルをするなら最終決戦にしたかったということだろうか

そうすれば、Tの表現方法も最大限見ることができるうえ、私も長く楽しめるのだから。

 

 

 飛び入りのぽっと出に劇団員さんも他の観客もあくまで優しく、準優勝をいただいた私に温かい拍手をくれた

その後の懇親会には用事があって参加できなかったというのに、賞状を持ち帰るためのビニール袋までくれた。

 

 

 楽しくて楽しくて、浮足立った気分で帰路についた私は、人気の少ない駅前の道を踊りながら歩いていた、と思う

 

偶然たどり着けた地下改札の入り口が

ルミネのすぐ隣で簡単に差し入れを買える環境にあると気づくまで、残り数分

 

 

 

ところで、最終決戦前、あまりに考える時間が少なくてタイムを要請した私に団長さんは70秒くらいの時間をくれた。

 

 舞台袖で回らない頭を抱える私をしり目に、団長さんは時間稼ぎのために軽快に話を始めてくれた。 

 いわく演劇で一番面白いのは、こうして追い詰められているときだと。追い詰められて出た表現には、その人の本気が、本質が出るから。言葉を変えていうならば、その人の核となる部分があらわれるから。

  頭を抱えていた私は、いつしか団長さんの話に聞き入っていたのだ

 

 そうか、演技は、演劇は、人の本質を隠してくれる仮面ばかりではないんだな

 面白い、もっと知りたい、叶うなら、もっと世界に入ってみたい

 

 

 

 

目の前に現れた扉は、強い照明と小さな舞台の形をしていた