ことのはのぉと

いつかあなたの隠れ宿

綴る言葉は恋文に似て

「第二の実家みたいに思ってほしいからさ」

最初に泊まった翌日の朝、彼女はそういって笑っていた

「シェルターになれたらと思ってるから、嬉しい」

二度目に泊まった日の夜、そういって笑った彼女は少しだけ遠くを見て、付け足した

「なにより私が欲しかったんだよね、そういう場所」

実家は休まるところじゃなかったから。ぽつり部屋に言葉を転がした彼女は、笑ってはいなかった、ような気がする

 

 

どうして私は、もっと早くに彼女と出会わなかったんだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

ここまで書いて、実に一週間がすぎた。

 

 

 

 

 

いやかっこつけとる場合ちゃうわ

 

 

 

 

 

 

 

思わず心の関西人が出てきたが、私は残念ながら関東生まれ関東育ちである。祖母は関西の出身だったらしい。どうでもいい。ちなみに自分の出身にまったく残念などと思ってはいない、言葉の綾である。これもまたどうでもいい。

閑話休題

 

 

 

 

そもそも中学でやめたはずのブログにもう一度手を出してみようと思った理由は、ひとえに「他人様に見せる文章を書くことにもう一度慣れるため」だ。だというのに、こねくり回して完成が遠のき続けていたら世話ないのである。まさに本末転倒。

 

 

 

 

なら最初に何について書こうと思ったのか。

冒頭の彼女こと、Mさんと彼女の住む部屋についてだった

 

 

 

 

Mさんと出会った場所はSNSである。知り合った当初、私は彼女の顔も名前も住んでいる場所も、声すらも知らなかった。それは相手も同じことで、このご時世には珍しい話でもない。

インターネット上で知り合った人と会うときは警戒しすぎるくらいでちょうどいい、と、思う。私はわりと気軽に会ってしまっているが、今まで嫌な思いも怖い目にもあってこなかったのは幸運なことだったとしか思えない。

 

 

 

 

じゃあMさんはなんだったのか。なんだったんでしょうね。

ともかくきっかけやら紆余曲折を置いておいて、私はMさんをアスレチックに誘うまで気を許すようになっていた。ちょうど一週間前のことだ。

普段だったらそこまで気を許さない、気がする。彼女が気軽に屈託なく、住む家に招き入れてくれたことも大きい。私が悪い人だったらどうするつもりだったんだろうか。それでも彼女は屈託なく笑うんだろう、私がそんな人でないことくらいは分かると。

 

 

 

もしかしたら彼女の部屋がとても居心地が良いのも、そんなところに由来しているのかもしれない。

暖かくて、静かで、座り心地の良いソファがあって、ご飯が美味しい。

住んでいる人は優しくて、Mさんも彼女の恋人さんも、決して他人を否定しない、馬鹿にしない。少なくとも私は、彼女たちに馬鹿にされた覚えはない

からかわれたことは大いにあるが

 

 

これってかなり凄いことだ。

世間は、特に大人になれば何者かでいることを強要してくるものだから。

大人でなくてもそうかもしれない。良い子であるとか、勤勉であるとか、快活であれ明るくあれ、優しくあれ思いやりをもってあれ……

 

それが、Mさんたちの住む部屋では何者である必要もないのだ。自分が一番楽な顔ができる。それは居心地もいいはずだ。

目が覚めてしまった昼間、誰も相手がいない他人の家で放置されても、なんとも言えず快適だった。静かな空気の中にすっぽりと埋まっているような、まさにシェルターの中に入り込んでいるような、永遠にこのままでいたいような。

 

ここでは誰もあなたを追い詰めないよと言ってくれるような場所って、貴重だと思う

 

 

 

 

 

そんなこんなで、(紆余曲折の話はまたいつかできたらいいな)ちょうど一週間前。

私はMさんと立体型アスレチックで存分に遊び、帰りにカルディでお酒とおつまみを買ってスーパーでひき肉とさらにお酒を買い、彼女の恋人さん(仕事中)が残してくれたレシピをもとに餃子をしこたま作って焼いて、呑んだ。色々な話をした、ほんとうに色々な話を。

 

 

 

全部は覚えていない、全部書くつもりもない。

Mさんにもらった言葉も、流れる空気も、甘いお酒の味も、やわく淡く光って宝物みたいに思えるから。全部事細かに書いたらもったいないじゃないか。

 

 

 

ただ、Mさんのことを本当に何も知らなかったんだなということは何度も実感させられた夜だった。

Mさんは私好みの顔立ちをしていて、少しドジで明け透けない物言いをして、恋人さんへのじゃれつき方甘え方が可愛らしくて、珈琲を豆から淹れる。あと喫煙者でそこそこお酒に強くて呑み慣れている。……なんて、たくさん知っているようで何も知らなかったのだ。

 

 

文を書く人であること。

「自分の言葉」でお金をもらったことがある人だということ。(たぶん、何度も) 

色々な恋をしてきた人だということ、テレビを部屋に置いていない理由も。

そうしてたぶん、実家が厳しく過保護な場所であるということ。

 

 

 

自分の書いた記事を検索してさらっと見せてきた。流れで知らなかったツイッターアカウントも知った。

そこには知らない肩書きを持つ彼女がいて、知らない顔で笑っていた。

そもそも、知っていると思っていた部分のなんと一面的なことか。

 

 

 

「あなたのことを何も知らなかったんだね」

 

 

 

なんどもなんども口にした私に彼女はとろけるように優しい声で答えてくれた

 

 

 

 

「知らなくたってともだちにはなれるんだよ」

 

 

 

私が作りすぎたカクテルもどきの入ったグラスを傾けて笑うMさんの横顔に、胸が詰まったのを覚えている。

 

 

 

ああ、この人にとって今、私が知った内容は、私が知ったということそれ自体も、さして重要なことじゃないんだ

 

 

 

 

 

寂しかったわけじゃない、当然だよなと思ったし、知らなくても友達だと言ってくれたのは、単純に嬉しかった。ただ、Mさんのどこかに跡を残したいと思ったのも、否めない

 

 

 

 

彼女があのシェルターのような優しい場所と一緒に暮らす優しい恋人さんから離れて新しい環境に行こうと思っていることも、そのとき初めて聞いた。本当は寂しかったし、行かないでと言いたかった。

 

 

このままでもいいじゃない、今は充分幸せじゃないの? 

 

 

 

それがあまりに甘ったれた理屈であることがわかるから、そんなことを言ったらMさんを失望させることも痛いほどわかるから。そうして、彼女に失望されるのが痛いことも嫌というほど分かってしまったから、決して口には出せなかったけれど。

それに、彼女自身怖いことだって、痛くないわけがないことだって、分かるから

 

 

だから、ますます、私は彼女に跡を残したかったのかもしれない

 

 

 

 

 

朝まで話して、くっついてフローリングで寝落ちして、仕事に出かける恋人さんを見送って寝直したあとの、目が覚めた昼下がり

まだ眠っている彼女を置いてMさんの書いた文章を読み漁った。数は多くない、いくつかの記事といくつかのつぶやきと。そうして、昨晩に彼女が言っていたことを思い出して。

だからこそ言っておきたいと、聞いてほしいと思ったのは、なんでだったんだろうか

 

 

 

 

「本当は、ずっと作家になりたかったんだ」

 

 

 

 

 

寝室に入ってくる私の気配に目を覚ましたMさんは、傍らにもぐりこむ客人の頭を撫でてながら寝起き特有のとろけた声で、それでもしっかりと、応えてくれた。

 

 

「“かった”なんだ?」

「今もなりたい!」

 

 

 

なりたいんだ、と、枕元に座って泣き出してしまった私の手を、彼女はずっと握ってくれていた。馬鹿にするでもなく、過剰に尊敬するでもなく、いいなあ、そういうの、とやっぱり寝起き特有の声で繰り返しながら。

 

なんで泣いてるんだ、ごめん、としゃくりあげる私に、

 

「それだけ大事なことなんだよ」

 

と答えてくれたMさんは、同じような経験をしたことがあったのだろうか

 

 

 

 

 

柔らかな布団の匂いだとか、人肌で生ぬるい空気だとか。寝ぼけて少しだけまろく溶けたMさんの声だとか、ずっと泣きじゃくる私の手を握ってくれていた、彼女の温かくてなめらかな手のひらだとか

 人の記憶は曖昧で、ずっと残しておくのは不可能に近いという

それでも、ずっと忘れたくないし、忘れないだろう

 

あのあたたかな部屋の中で、私の一部は確かに息を吹き返したのだから

 

 

 

 

 

 

 

それから、Mさんが手ずから豆から挽いてくれた珈琲を飲みながらやっぱり色々な話をした。彼女の友達の話だとか、恋人さんもやっぱり夢を追っている話だとか。夢をこの部屋であたためて、動き出した友達の話だとか

 

 

 

「一円でもいいから自分の書いた文章を売ってみな」

 

 

 

手っ取り早いのは路上販売かな、なんてさらっと言ってのけた彼女が、夢を追う人みんなに同じことを言っているのだと屈託なく笑っていたのも面白かったし、饒舌にかつ具体的にアドバイスを出してくれたのも面白く、ただただありがたかった

 

 

 

「まずはこの部屋について書くと思うんだ」

「最高じゃん」

 

 

 

向かい合って珈琲をすすりながら笑い合ったあのときのMさんの顔も、私は一生忘れられないかもしれない

 

 

 

 

 

 

ひとつだけ、彼女に言ってないことがある

 

今年新しいことを始めるのだと、目標は誰かと叶えた方が叶いやすいから巻き込んでいるのだと言っていたMさんを、私は曖昧に笑って聞き流してしまった。

 

 

 

 

 

こんなものは自己満足で、彼女には何の関係もないけれど

あの人が環境を変えて、色々と変えていくというなら

私は一円でもいいから、私の物語を売ってみせよう

私の文章のファンを、増やしてみせよう

 

 

 

 

 

最初の記事だけ教えるから読んで。面白いと思ったら続けて読んでほしいなんて余計なお世話も甚だしいことを言った私にも、分かったと言ってくれた彼女はたぶん、この記事も読んでくれるだろう

綴る言葉は恋文に似て、けれど決して恋とは言えず

それでも確かに、私はあなたが、あなたとの出会いが愛おしいんですよ

たとえあなたが、世界のどこにいようとも

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

来月も彼女と会う約束をしている。

できるなら笑わないでいてほしいが、果たして