扉のさきにあるはなし (前編)
「練習に付き合ってほしいんだよね」
「練習? なんの?」
「怪談の語り」
友だちのTさんとそんな会話をしたのが、二週間ほど前。 通話を利用して8分弱の創作怪談を聞かせてもらったのが、 その数日後。いつどこで発表するのか詳細を聞いて、それから、 それから。
とある日曜日の昼下がり、私は荻窪へ向かう電車に揺られていた。
のっぴきならない事情で余裕もなかったから、 眉も描かないすっぴんを黒マスクで隠して。 ぼさぼさの髪をどうにか見られるように整えて。 電車内でうとうとしている私は本来とても出不精だ。 用事がなければ最悪夕方まで寝ている。 用事があっても出来ればぎりぎりまで寝ていたい。
我ながらちょっとどうかと思う程度に腰が重い、 うえに体力がない。書いてて悲しくなってきた。
それでも行きたいと思ったのは、 だいすきな友達が演じるところを見てみたいというのはもちろん、 彼女が出演する公演があまりに面白そうだったからだった
公演の名は「clown crown CHAOS♯5」
劇団ClownCrownが主宰する定期公演だ
演劇を活用して日常を面白くする劇団、 演劇とボードゲームを楽しむ社会人劇団。
1人8分、二人なら約16分。与えられた時間の中で、 舞台を使った表現を行うことだけが、約束事。 それさえ守れば一人芝居でもコントでも、 朗読劇を演っても構わない……
数日前、Tさんから送ってもらった公演ページを読んでいた私は、 とある一文に目を留める
――――公演第二部では観客参加型の朗読バトルを行います――― ―
なんだそれめっっちゃ楽しそう
そうして私は、 七歳男児みたいな情動に身を任せて電車に飛び乗ったのだった。
13時からの公演チケットを公演日当日の10時すぎに申し込むというたいそう迷惑な客に、 劇団は丁寧に道筋をメールで教えてくれた。
なんでも、地下南口改札から出れば徒歩一分で到着できるそうだ。 なるほど分かりやすい。
私は、地上西口改札から外に出ていた。
………(´・ω・`)?
筋金入りの方向音痴、出足で躓く
~続~